テレビは最悪な気分にさせられる

私は自宅にはテレビは無い。

が、スポーツジムにはテレビが設置されているのでそちらでたまに見ることがある。

そして気づいたこと。

世の中はこんなにも被害・悲劇が多いと思わされるんだな、と。

その悲劇の中で、一部気になった事例を紹介する。

①外国人観光客増加による被害

最近よく目にするこの被害。

京都、あるいはそのほか(雪国やウィンタースポーツ地)での外国人観光客増加による迷惑行為の増加。

京都では舞妓さんへの接触。

そのほかでは夜中まで路上での飲酒や、飲み終わった缶のポイ捨て。

これらを見せられればどうなるか。

『外国人観光客って迷惑な奴らばかりだな』

そう思ってしまった自分が嫌になった。

現地に人間にとっては迷惑でも、彼らに接してるわけでもない自分まで被害者意識を持つことに何の意味もない。

なのに如何にも自分まで被害に遭ったかのように思うことが嫌だった。

②殺人事件、誘拐事件

はっきり言う。

自分でできること、できないことを区分け、できないことに一々心を割くことはしない。

殺人事件なんて知ったことではない。

そんなことに心を痛めることに何の意味がある?

心を痛めて何が変わる?

何も変えられないなら傷め損だ。

知る意味すらない。

他人の事件は他人のものだ。

自分のものじゃない。

③トランプ大統領を批判するグレタ

何をやってるんだこいつは。

マスメディアは、トランプ大統領を批判するグレタかっけー!なのか?

私は違う。

他人を批判したところで物事は動かない。

こいつもトランプも同じ。

むしろ、決定権を持つトランプのほうがマシだ。

やたら祭り上げられてるようだが、このグレタを素晴らしいと思ったことはない。

まとめ

やはりテレビは見なくていい。

つくづくそう感じた。

今はジムに行っても、意識的にテレビに視線は向けない。

見ると嫌な気分にさせられることばかりだ。

そして、上記の報道を知っても知らなくても、

私の人生には一片の変化もない。

知らなくたっていいのだ。

どうせ誰もが三日前に何が報道されたかすら忘れる。

それで一々心乱されるなどバカげている。

テレビの情報など無くても生きていける。

あなたがそれに気づくことを祈る。

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