人生の避け事~期待~

『期待』とは避け事である。

期待されることも、期待することも避けなくてはならない。

期待されるということは、相手の思い通りに動かされるということ。

期待するということは、自らにストレスを課しているということ。

何故、期待は避け事なのか、解説していく。

期待されることは避けること

期待されるとはどういうことか。

例えばあなたは新入社員だ。

そして配属先の上司には、「君の成長に期待している」と声をかけられた。

上司は、君が成長することを望んでいる。

これを、期待されている例としよう。

さて、3か月が経過した。

いわゆる研修期間だ。

そこで上司はこう声を掛けてきた。

「君は大した成長をしていない。期待外れだ」

往々にしてこのようなことを平然と言い放つ輩は多い。

だが、勘違いしていけないのは、ここで問題なのは勝手に期待した上司側にある。

成長していない(本当に?)あなたではない。

そもそもあなたに成長しなくてはならない義務など無い。

あなたに、他人の期待に応えなくてはならない義務など無いのだ。

なのに、勝手に期待し、勝手に期待外れなどと抜かす。

まるで、期待した自分が正しいかのように。

なんと理不尽だろう。

なんて傲慢な考えだろう。

あなたがどういう望みを持ち、どうしたいかはあなたの自由だ。

『期待されている』などと言えば聞こえはいいが、要は『俺の望んだとおりになれ』と命令しているに等しい。

相手を自分の意のままに動かそうとする卑劣な言葉だ。

挙句、期待外れなどと言い、その怒りをぶつけてくる。

だが、はっきり言おう。

それは相手が自爆しただけだ。

あなたは相手に「期待してくれ」などと頼んでいない。

「勝手に」期待し、「勝手に」期待外れ扱いしているのだ。

それなのに原因はこちらにあるかのように振る舞う。

極めて面倒だ。

ここまで言えば、逆に『期待されない』ということがどういうことか理解していただけるだろう。

『期待されない』とは、相手にあなたを思い通りにしようという意図が無いのだ。

期待されなければ、当然『期待外れ』になることもない。

相手の期待の『自爆』に付き合わされることも無い。

一見期待されないということは、あなたのこれからを望まれていないかのようで悲観的に捉える人もいるが、むしろ逆だ。

あなたは自由に物事に取り組んでいい。

相手の期待するレールを通らなくていいのだ。

あなたに、相手の期待を叶える義務など無いのだから。

期待されれば、それに応えないと面倒になるだけだ。

期待することは避けること

では期待することとはどういうことか。

前述したあなたを上司の立場として見ていこう。

そもそも、期待とは『望んで待つ』ということだ。

だが、相手にはあなたの望んだとおりにしなくてはならない義務など無い。

ならば当然、あなたの望んだとおりにならないことはある。

そうなるとあなたは、『期待に応えてくれなかった』という不満を持つ。

そう、不満を持つのだ。

勝手に。

頼んでも無いのに。

相手には期待に応える義務など無いのに。

にもかかわらず、自分の期待するという行為があたかも正しいかのように。

そして勝手にストレスを抱えるのだ。

そもそも何故あなたは他人に期待してしまうのか?

それは結局のところ、『相手を自分の意のままに操りたい』という欲求からだ。

『期待している』と言いつつ、それは結局自分のためなのだ。

相手が成長することで自分の業務が楽になる。

相手が自分の望んだことを実行してくれることで自分に利が生まれる。

自分の意のままに操ることで自分の望みをかなえる。

そんな傲慢な考えからくるものだ。

そう言えば反発もくるだろう。

相手のためだなどと正義面して。

だが、どこまでいったところで、相手にあなたの期待に応える義務はない。

あなたの思い通りにしなくてはならない義務はない。

期待していい権利すら、あなたには無いのだ。

では、もし相手が何かやりたいことを口にしたとき、それにあなたが「期待してるよ」と声を掛けた場合はどうか?

相手が自分から言っているのだからそれぐらいいじゃないか。

そういう人もいるだろう。

だがそれも避けた方がいい。

何故なら、相手にとって、それは『今』やりたいことでも、『将来』もやりたいこととは限らないのだ。

やりたいことというのはその時の状況・情勢で変わるのは普通だ。

明らかに失敗が見えている状況で続けるのは愚策。

だから、やりたいことが変わる。

これは普通だ。

にもかかわらず、あなたはそれに対し「期待してるよ」と声を掛けてしまった。

そうなると相手は、あなたが期待しているせいでやめづらくなってしまうのだ。

あなたの言葉が、相手を縛り付けてしまう。

あなたの期待を裏切りたくない。

あなたの信頼を損ねたくない。

そんな思いから、相手は『やりたいこと』が『やりたくないこと』に変わったのに続けなくてはならない。

そんな状況に陥らせてしまう。

だからこそ、相手が自分から言い出したことであっても期待などしてはならない。

期待せず、「そうなんだ」と否定も肯定もせずに受け入れればいい。

そうすれば、相手はなんのしがらみも無くやりたいことを変えられる。

そしてこれは、「期待してる」と言ったあなたにもいいことだ。

「期待してる」と口にしてしまった以上、あなたは相手がやりたいことが気になってしまう。

本当に実現できるのか?

本当にやり遂げるのか?

本来、あなたには関係など無いのに。

挙句、相手がやらなかった、できなかったと口にすれば勝手に失望する。

まして、やりたいことが変わったとなれば「一貫性が無い」などと非難までする。

あなたは一切関係ないのに。

勝手に期待して、勝手に自爆している。

相手が何をしたいのか、それを決めるのは相手の自由だ。

あなたが干渉する余地はない。

だからこそ、期待するのは避けた方がいい。

期待しなくても何も問題はない。

相手にとっては期待されているという縛りにならずに済む。

あなたにとっては相手がやり遂げるという前提を持たなくて済む。

やり遂げなくても失望しなくて済むし、やり遂げたらすごいことだと共感してあげられる。

期待しない方がずっといいことだ。

まとめ

期待されること、期待することを避けた方がいい述べてきた。

期待は、相手にも自分にも枷となってしまうものだ。

付けなくてもいい枷をわざわざ付けて、その枷に苦しむなどまったくもって意味が無い。

期待されず、期待せず、枷を付けることは避けよう。

『期待』を避けることで、あなたは自由でいられるのだ。

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