[日記]2020年最初で最後の海

 こんにちは。

 2020年も明日で終わる。そう思ったとき、ふと海が見たくなった。

 まだ薄暗い6時30分に家を出た。珍しく車の窓は凍っていなかった。

 

 着いたのは2時間後。青空の下、強い海風に凍える…そう思っていた海の様相は全く違うものだった。

 青いはずの空には雲が広がり、小雨が降っていた

 身を震わせるはずの海風は凪そのものだった。

 とはいえ、じっとしていられるほど暖かいわけでもない。寒さを紛らわせるように足を動かす。

 砂浜に押し寄せる白波を見たのはいつ以来か。海を泳いだのはもう20年も前。久々の砂浜の感触は思った以上に重く、滑らかだった

 海の近くには割とある海の造形品

 しかし、そんな自然の産物にゆっくり浸れる気分には成れなかった

 何一つ許さないとばかりに張り巡らされた禁止の看板

 こうも禁止にする意味はどこにあるのだろうか?禁止にして一体何が得られるのだろうか?

 海は誰のものでもない。禁止にする権利が一体誰にあるというのか?

 この看板に思うことは、誰もかれもが他人に責任を押し付け、誰もかれもが責任を取りたくないということ。この海で誰かが死ねば、彼らが責任を取るのだろうか?取れるものでもあるまいに。死んだ責任など、本人以外にあるわけもない。

 禁止にすればするほど、これから生きる人間は危険というものを知ることだけ。それは理解とは違う。

 冬の海を泳ぐ危険を理解している人間がどれほどいるか?知っているだけの人間ならごまんといる。だが、それは理解ではない。

 中にはいるだろう、自分ならできる、と。そして、やって初めてわかるのだ、その危険さが。

 その理解する機会を根こそぎ奪い続けたこの世界の先に、危険とはなんたるかを理解している人間はいるのだろうか。

   

 ひどくつまらない海を見た。

 海の壮大さに心を馳せるはずだったが、人工の檻しか見えなかった。

 

 さて、気を取り直してこの地域の名物店の料理を食べに行ってきた。

 それは、やきかつ太郎の「やきかつ定食」。

 揚げたカツではなく、焼いたカツ。揚げてないために油が少なくヘルシー。それでいて非常にボリュームがあると評判のメニューだ。

 御飯の量は、他店の倍近い量はあるだろう。カツの厚さもなかなか。今日の小鉢は魚のあんかけ。どうやら小鉢は日ごとに違うようだ。味噌汁も豚肉入りで、乾燥ワカメと乾燥ネギだけといった定番の味噌汁よりも手が込んでいる。

 確かにボリュームはなかなかだが、食べきれない量でもない。むしろ、山と盛られたキャベツの方が時間が掛かった気がする。

  焼いたカツということもあり、衣のサクサク感は揚げに劣るが、もちろんその分さっぱり目。衣がはがれやすいというのもあるが、一風変わったカツとして美味しかった。

 ちなみにこちらのお店は親子丼もあるようなので、次の機会あればまた行きたいところ。

 

 昼食を食べ終えて時刻は12時。

 海を見ること、やきかつを食べること。

 その目的を果たした自分に、もうこの地にいる意味は無く、家路への片道2時間を突っ走る。

 道中にあるはどこにでもあるショッピングモール。ここにしかない、というものはほとんどない。どこに行っても同じ店がある、ということに一滴の虚しさを感じた。

 

 往復4時間の日帰り海旅行は終わった。

 帰って思う。海をつまらないと感じたのは、看板のせいか。

 それとも、そう感じた自分に理由があるのか。

 海を感じる余裕もなく、雑多なものに意識を向けた自分がいたのか。それは分からない。

 

 海風は聞こえなかったが、山風の鳴く声に耳を傾けながら、この日記は終わりとする。

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