[雑記]お金は友達?仲間?

どんなにミニマリストとして、物を減らし、消費する物を減らし、支出を減らしたとしても、最低限のお金は必要です。

特にぼくは今はブロガーとして活動しており、その収入が不安定であることからその現実を直視せざるをえません。そのため、自然とお金に関する話題には目が向いてしまいます。

その中で最近、どうにもモヤモヤする言葉が出てきます。それが、
「お金に好かれる」
というものです。

思うのですが、人に対してであれお金に対してであれ、相手との関係で好かれる嫌われるを気にした時点で既に負けているのではないかと。ここでいう負けるとは、相手の言いなりになるという意味です。

例えば人間関係で相手から好かれる・嫌われるを気にしてしまうと、相手に好かれる言動をし、嫌われる言動はしないようにと気を遣うことになります。恋人同士を想像すると分かりやすいでしょう。好かれたい、嫌われたくないからと相手の好みにばかり合わせ、徐々に疲弊していく姿が。そして、なぜか最後にはフラれてしまう。

お金についても同様だと思います。お金に好かれたい、嫌われたくないと思えば、お金お金と口にしてばかり。お金に好かれたいからと儲かる話に飛びつき、お金にならなければ袖にする。このような人間を、お金は好きになるのでしょうか?ぼくはそうは思いません。

つまり、お金に好かれるという言葉がそもそもお金に好かれない要因になるのではないかと思います。ぼく自身が、「好かれたいです、嫌われたくないです」と言ってきた人に対し、仲良くしたいと思うか。ぼくは全く思いません。

では、お金との関係をどう考えるのか。

ぼくは、お金とは仲間であると考えるのがいいのではないかと思います。友達ではなく、まして恋人でもなく、仲間です。仲間とは同じ目的を達成するための関係です。ぼくの目的は、幸せで健全な人生を送ること。その目的を達成するための仲間としてお金と付き合うこととします。

じゃあお金の目的とは何なのか?これはぼくの想像ですが、人を幸せにすることがお金の叶えたい目的であると考えます。ですから、お金と付き合う人は、何よりも自分が幸せになることを優先して考えることが大事であると思います。

お金は増えることが目的ではありません。お金はあくまでも人を幸せにすることであり、増えることは手段でしかない。もちろん、「自分(お金)がいっぱいいれば、この人は幸せになれそうだ!」と考えるお金もいて、お金がいっぱいになる人もいます。

ですが、お金の中には自分がいっぱいいるのに幸せになってくれない人がいると、波が引くように一斉にその人の元からいなくなってしまうこともあるようです。それは、お金を増やす事ばかりが目的になって、自分が幸せになるという目的を忘れてしまった人なのでしょう。お金は、目的が合わなくなった人の元からはいなくなる。そのような気がします。

もしかしたらお金の中には、「この人には自分(お金)がいっぱいいたほうが不幸になる。増えないようにしよう」と考えているかも。実際、お金がいっぱいになったことで不幸になる人もいます。宝くじ当選者などは大金を得たのに、いい話は全然聞きません。その人を幸せにするために、身を引くお金もいるかもしれません。

お金とは、好かれる嫌われるを気にする関係ではなく、幸せになる・させるという同じ目的を持った仲間。媚びへつらい、ご機嫌伺いをするような相手ではない。
ともに並んで立ち、同じ目的を見据える仲間であると考えます。

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